ニューヨークのファッションフォトグラファー(Bill Cunningham(ビル・カニンガム)

ファッションフォトグラファー ビル・カニンガムに哀悼の意と感謝を込めて

NYのファッションを生涯にわたり撮り続けてきたフォトグラファー(Bill Cunningham(ビル・カニンガム)が、6月25日、マンハッタンで死去(享年87歳)した。

ニューヨーク・タイムズ紙で約40年もの間、ファッション・コラム「On the Street」や社交欄「Evening Hours」を担当し、ストリートスナップからパーティー、そしてコレクションまでを隈無く撮影していた、名物であり伝説のフォトグラファーである。

彼については2010年に公開されたドキュメンタリー映画「Bill Cunningham New York(ビル・カニンガム&ニューヨーク)」で、その人柄に魅了され、ファッションへの一貫した姿勢と発せられる言葉に勇気をもらった方も多いはず。

すでに数々のメディアやデザイナーが哀悼の意を示しているが、同じ心持ちであろう方々と思いを共有すべく、また彼への感謝の気持ちを込め、劇中の言葉を引用しながらここに残したい。

 

自分のスタイルを貫くこと
とてもチャーミングでありながら、ファッションに対してストイックであり、誰に対しても平等に接するビル。撮る被写体は、ストリートだけでなく、モデルやセレブもいるが、常にファッションで判断し、有名であっても時には容赦なく黙殺する。パーティー会場でも客観的な立場でいるため、水すら飲まないという徹底ぶりだ。

―最高のファッションショーは、常にストリートにある

毎日、マンハッタンの端から端を自転車で駆け巡り、今と次のファションをストリートから抽出する。常にファッションで頭がいっぱいだったから、恋愛も考えた事がない、そんな日々をこれまで数十年間続けていた。

服装は、どうせカメラでこすって破れるからと、パリの清掃作業員と同じ青い上着がユニフォーム。雨の日は、安物のポンチョを被るが、これもすぐに破れるためガムテープで補修して着る。

ファッションという煌びやかな世界を、自身は着飾らず、そして何にも媚びずに伝える姿勢は、これまでのファッション業界人のイメージとは大きく異なる。だからこそ信頼でき、素直に写真も言葉も心に浸みるのだ。

―誠実に働こうとしているだけ。それがニューヨークではほぼ不可能だ。正直でいることは、風車に挑むドンキホーテのようだ。

実際、お金をもらったら自由を失うと、報酬を断って雑誌の撮影をしていたエピソードもある。写真家ではなく、ただ見たものを撮り、記録しているという彼は、自身の影響力や知名度など関係なく、常に自分が感じるファッションを捉え続けていた。

彼は、”素晴らしく着飾った女性が好きで、それがすべて”、そしてそれは”仕事ではなく楽しみ”だという。しかし、彼の部屋に所狭しと置かれた膨大な量の写真を見れば、努力でできる事とは次元の違う、人生を通した記録であることがわかる。

一見、とても偏った孤独な人生のように感じるが、スナップを撮っているビルはいつも笑顔でとても幸せそうに見える。今、仕事観において、我慢し堪えても続けるという発想から、自分の好きな事をして働き生きて行くという価値観へと徐々に変化している。もちろん誰でもできるわけではないし、それだけが正ではないが、それをいち早く、そして誰よりも潔く実践していた彼の生き方は、ひとつの理想と言えるだろう。

スタイルを貫くこと。それは会社であれ、、業界であれ、どこかに属する限り難しいこと。しかし彼はそれをシンプルに純粋にやってのけた。自分の価値観に実直であるためには、その環境を自ら作り出し継続することが必要なのだ。

ファッションフォトグラファー ビル・カニンガム

ファッションは誰にでも平等にある
彼が撮り続けたストリートスナップ。そこには、人種も年齢も性別も関係なく、自分のファッションを楽しむ人々がいる。

ーファッションは鎧なんだ、日々を生き抜くための。手放せば文明を捨てたも同然だ。

ファッションは人の前で露になる”センス”という掴みがたい物差しがつきまとう。だからこそ、派手に目立ってみたり、異質な雰囲気を出したりと自己を表現する人もいれば、同質化することで不安から解放される人もいる。そして、いつも同じ青の上着を着ているビルは、自分と同じ格好の人ばかりだったら世の中はつまらないだろうと言いながら、見て伝える事でファッションを楽しんでいる。

つまり、その全てがファッションとして、”あり”なのだ。最高に決まっているのも良いし、自信がなければそれをカバーする為に着飾っても良い。そして、もし着る事が苦手でも見る事が好きならそれでも良い。そこに劣等感や遠慮は必要ない。

―タダで着飾った有名人に興味はありません

有名人を使ったイメージアップ、フォロワー数の多いインフルエンサーによるPR、若い美男美女ばかりのスナップ、旬な人だけを取り上げる特集。ファッションビジネスは、事実の誇張から、作り物まで、それが全てのように見せることで、自らの正当性やポジションを作ってきた。

そんな固められたファッションに、人々は疲れ、疑いを持ち、いわゆる”ファッション離れ”が進んでいる。なにがファッションだと。

ビルは、アンチテーゼを唱えているわけではないが、文字通り”ファッション”だけで、その瞬間の”美しさ”を切り取り、他と共存し影響し合いながら進む文明という営みを、NYのファッションを記録することで可視化してきた。

そんな彼の写真に納まった人々は皆それぞれの価値観の中でファッションを纏い、その時・その場所で・その人らしい美しさを放っている。その人種や年齢、顔も関係なく、偏りのない被写体が輝く姿こそ、ファッションの素晴らしさの本質だろう。

ファッションは誰にでも好きだと言う権利があり、そして楽しみ方もその人次第で平等にある。それを綺麗ごとではなく、ブレずに貫いた人生で教えてくれた。

最後に、2008年にフランスの芸術文化勲章 オフィシエを授賞した際のスピーチから。

He who seeks beauty will find it
美を求める者は必ずや美を見出す

偉大なファッションフォトグラファー ビル・カニンガムの死に哀悼の意と感謝を捧げます。

ファッションフォトグラファー ビル・カニンガム